小錦の元妻は塩田すみか!養子に入り帰化で名乗った姓と8年の結婚

小錦の元妻は塩田すみか!養子に入り帰化で名乗った姓と8年の結婚

小錦さんの元妻がどんな人物だったのか、気になって検索された方が多いのではないでしょうか。

元妻は塩田すみかさんという、1990年代にモデルとして活動していた女性です。

この結婚では、小錦さんが塩田家に養子として入るという珍しい形が取られました。

この記事では、結婚から離婚、その後の改姓までを時系列で整理していきます。

小錦の元妻は塩田すみか|1992年の結婚と養子縁組

まずは、元妻がどんな人物で、二人がどう歩んだのかを確認していきましょう。

  • 元妻はファッションモデル
  • 塩田家に養子として入った
  • 帰化して名乗った姓
  • 8年で終わった結婚生活
  • 離婚理由は公表されていない

元妻はファッションモデル

小錦さんの元妻は、塩田すみかさんという女性です。

1990年代にファッションモデルとして活動していたと伝えられています。芸能界の第一線にいた方ではありませんが、仕事を持って自分で立っていた人物です。

小錦さんは1963年12月31日、アメリカ合衆国ハワイ州の生まれです。米国名はサレバ・ファウリ・アティサノエさんといいます。

1982年、ハワイの高校を卒業したところを高見山関にスカウトされ、高砂部屋へ入門しました。同年7月場所で初土俵を踏んでいます。

先に、結婚をめぐる流れを一覧にしておきます。

元妻 塩田すみか(元ファッションモデル)
結婚 1992年
結婚の形 小錦が塩田家に養子として入った
離婚 2000年(結婚生活は約8年)
離婚理由 公式には発表されていない
その後 2004年に別の女性と再婚している

それでは、結婚の形から見ていきます。

塩田家に養子として入った

二人が結婚したのは1992年です。当時、小錦さんは大関として土俵に上がっていました。

この結婚は、単に籍を入れるという形ではありませんでした。

小錦さんは塩田家に養子として入り、「塩田八十吉」という名前になっています。

妻の姓を名乗るだけでなく、その家に入るという選択です。日本の結婚では、妻が夫の姓に変わるほうが一般的ですから、逆の形になります。

当時の小錦さんは、外国出身力士として初めて大関に昇進した人物でした。土俵の上では日本の伝統に身を置き、家庭では日本の家に入る。そういう形を選んだことになります。

ハワイ出身の力士と、日本のモデル。異色の組み合わせとして、この結婚は大きく報じられました。

養子縁組という形が選ばれた背景には、力士という職業の事情もあったとみられます。相撲界では、引退後に親方として部屋を持つ道があります。そのためには日本国籍が必要でした。

外国出身の力士にとって、帰化は避けて通れない選択です。そこに婚姻と養子縁組が重なれば、手続きの面でも意味を持ってきます。

ただし、これは制度の話です。二人がどういう気持ちでこの形を選んだのかまでは、語られていません。

帰化して名乗った姓

結婚から2年後、小錦さんは日本国籍を取得しています。

帰化したのは1994年2月1日です。外国出身の力士が日本で親方になるには、日本国籍が必要になります。

このとき戸籍上の名字として名乗ったのが、前妻の姓である「塩田」でした。

つまり日本人としての最初の名前は、妻の家からもらったものだったことになります。ハワイで生まれ育った人物が、日本国籍を得て、日本の姓を名乗る。その姓が結婚相手のものだったわけです。

この事実は、二人の結婚がどれだけ深い形だったかを示しています。名前は書類上の話にとどまりません。国籍を変えるという人生の節目に、妻の姓を選んだということです。

ちなみに現在の本名は「小錦八十吉」です。この改姓については、後ほど触れます。

8年で終わった結婚生活

結婚生活は、2000年に終わりを迎えました。

1992年から2000年まで、およそ8年間の結婚でした。

この8年の間に、小錦さんの人生は大きく動いています。大関として土俵に立ち、日本国籍を取得し、1997年11月場所で現役を引退しました。

引退から離婚までは3年ほどです。力士としてのキャリアが終わり、次の生き方を探す時期と、夫婦関係の終わりが重なったことになります。

大関在位39場所は歴代3位という記録です。それを支えた期間と、結婚していた期間は、ほぼ重なっていました。

離婚理由は公表されていない

離婚の理由について、二人からの公式な説明はありません。

当時の週刊誌は、小錦さんの個人事務所の経営をめぐるトラブルが背景にあったのではないかと報じています。ただし、これも推測を含んだ報道です。

もう一つよく語られるのが、価値観の違いという説明です。

元妻はモデルとして仕事を持っており、結婚後も続けたいという思いがあったとされます。一方で、力士の妻には部屋のおかみとしての役割が期待される面があります。

ただし、これも関係者の証言として示されたものではありません。周囲がそう見ていた、という範囲の話です。

この記事では、どちらも確定した理由としては扱いません。分かっているのは、2000年に離婚したという事実だけです。

夫婦が別れる理由は、当事者にしか分からない部分が残ります。外から見えるのは結果だけで、そこに至る過程は本人たちのものです。

小錦が元妻と別れた後|改姓と再婚までの歩み

ここからは、離婚してからの動きを見ていきます。

  • 離婚後に変えた名字
  • 同じ年に出会った相手
  • 4年後に決めた再婚
  • 元妻は表に出ていない
  • 小錦の元妻と結婚歴まとめ

離婚後に変えた名字

離婚のあと、小錦さんは名字を変えています。

前妻の姓である「塩田」から、四股名だった「小錦」へ。現在の本名である「小錦八十吉」は、このときに生まれたものです。

改姓したのは、前妻と離婚して再婚したあとのことでした。

興味深いのは、この名前が芸名としては認められなかったという点です。四股名をそのまま芸名にすることはできず、本名としてなら認められた。そうした経緯が伝えられています。

結婚で妻の姓になり、離婚を経て自分の四股名を姓にする。名前の変遷が、そのまま人生の節目を映しているといえます。

現在は「KONISHIKI」という表記で活動することも多く、名前をめぐる話は少し複雑です。

同じ年に出会った相手

離婚した2000年、小錦さんは新しい出会いを経験しています。

現在の妻と出会ったのは、この年の夏でした。場所は治療のために訪れていた施設だったと伝えられています。

離婚と出会いが、同じ年に起きていることになります。体調を崩して治療を受けていた時期に、後の伴侶と出会ったわけです。

力士を引退し、離婚も経験した時期です。人生の見通しが立ちにくい状況だったことは想像がつきます。

そのタイミングで出会った相手と、その後20年以上を共に過ごすことになります。

治療施設での出会いというのも、この人らしい巡り合わせです。土俵でもテレビでもなく、体を治す場所で次の伴侶と会っている。

力士は現役中、体を大きくすることを求められます。引退後にその体と向き合う時間が来るのは、避けられないことでもありました。

4年後に決めた再婚

二人が再婚したのは、2004年のことでした。

出会いから4年が経っています。離婚してすぐに次の家庭を持ったわけではなく、時間をかけたうえでの決断でした。

この再婚は、2024年12月4日に大きな形で報じられることになります。

小錦さんが腎不全のため腎臓移植手術を受け、その腎臓を提供したのが妻だったからです。夫婦の間で行われた生体移植でした。

この出来事はテレビ番組でも取り上げられ、二人の関係が広く知られるきっかけになっています。

8年で終わった最初の結婚と、20年を超えて続く二度目の結婚。並べてみると、進み方も長さもまったく違う形になりました。

元妻は表に出ていない

最後に、元妻の現在について触れておきます。

塩田すみかさんは、2000年の離婚以降、表舞台から姿を消しています。メディアへの登場はなく、近況も伝えられていません。

ネット上には現在の様子を推測する記事が並んでいますが、確認できる情報にはたどり着けませんでした。

離婚後は一般の方として生活しており、公表された情報はほとんどありません。

モデルとして活動していたのは1990年代の話で、その後は表に出ない道を選んだことになります。本人が距離を取っている以上、そこを掘り下げることは望ましくありません。

この記事でも、確認できる範囲を超えて追うことはしません。分かっているのは、結婚していた8年間の事実までです。

小錦の元妻と結婚歴まとめ

  • 元妻は塩田すみかさんで、1990年代にファッションモデルとして活動していた
  • 二人が結婚したのは1992年。小錦さんが大関として活躍していた時期にあたる
  • この結婚で小錦さんは塩田家に養子として入り、「塩田八十吉」という名前になった
  • 1994年2月1日に日本国籍を取得し、戸籍上の名字として前妻の姓「塩田」を名乗った
  • 1997年11月場所で現役を引退。大関在位39場所は歴代3位の記録
  • 離婚は2000年で、結婚生活はおよそ8年間だった
  • 離婚理由は公式に発表されておらず、週刊誌報道や価値観の違いという見方があるにとどまる
  • 離婚と同じ2000年の夏、治療施設で現在の妻と出会っている
  • 2004年に再婚し、その後「小錦」へ改姓した
  • 2024年12月4日、妻からの提供による腎臓移植手術を受けている

小錦さんの元妻をめぐる話でいちばん印象に残るのは、名前の変遷です。結婚で妻の家に入り、日本国籍を取得したときにはその姓を名乗りました。離婚と再婚を経て、ようやく自分の四股名が本名になっています。

ハワイで生まれた人物が日本に来て、日本の家に入り、日本人になった。その過程に元妻の存在があったことは、記録として残っています。

離婚から20年以上が経ち、元妻は表に出ていません。分かっているのは8年間の事実だけですが、その8年が小錦さんの人生に残したものは、名前という形で今も見えています。

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