レベッカのノッコさんの旦那がどんな人物なのか、気になって検索された方が多いのではないでしょうか。
現在の夫は、世界的に活躍する音楽プロデューサーのGOH HOTODAさんです。
そして元旦那は、レベッカというバンド名を付けた張本人でした。
この記事では、二度の結婚それぞれの相手と経緯を、時系列で整理していきます。
目次
レベッカのノッコの旦那は音楽プロデューサー|再婚相手の素顔
まずは、現在の旦那がどんな人物なのかを確認していきましょう。
- 旦那は世界的なエンジニア
- 手がけた作品の顔ぶれ
- 二人が結ばれた時期
- 40代での出産と子育て
- 本名が変わっている理由
旦那は世界的なエンジニア
ノッコさんの現在の旦那は、GOH HOTODAさんという音楽プロデューサーです。
本名は保土田剛さん。1960年に東京都国立市で生まれています。父親は彫刻家、母親は声楽家という家庭で育ちました。
1970年に一家でアメリカへ渡り、幼少期をワシントンD.C.で過ごしています。中学時代は東京に戻り、祖母と暮らしていました。
1979年にふたたび渡米し、シカゴのスタジオで働き始めます。最初の仕事は電話番でした。そこからアシスタントエンジニアとしてジャズやブルースの録音に関わり、キャリアを積んでいきます。
先に、ノッコさんの結婚歴を一覧にしておきます。
| 現在の旦那 | GOH HOTODA(本名・保土田剛) |
| 職業 | 音楽プロデューサー/ミックスエンジニア |
| 再婚 | 2002年 |
| 元旦那 | 木暮武彦(レベッカ初期のギタリスト) |
| 最初の結婚 | 1990年に結婚、1993年に離婚 |
| 子供 | 2006年8月1日に女児を出産 |
それでは、旦那の仕事ぶりから見ていきます。
手がけた作品の顔ぶれ
GOH HOTODAさんの名前は、日本より海外の現場で知られています。
1980年代にはハウスミュージックのミックスを数多く担当しました。その後、大きな転機が訪れます。
1991年にマドンナと出会い、「Vogue」のプロデュースとミックスを手がけました。
その後もマドンナの作品に関わり、アルバム『Erotica』やベスト盤『The Immaculate Collection』のミックスを担当しています。世界的なヒット作の音を作った一人ということになります。
日本のアーティストでは、宇多田ヒカルさんの作品などを手がけてきました。表に出る仕事ではありませんが、音楽業界では名前の通った存在です。
ノッコさんが歌う側、旦那が音を作る側。同じ音楽でも、立ち位置が違う二人だといえます。
ミックスエンジニアという仕事は、録音された音を組み立てて一曲に仕上げる役割です。楽器のバランス、声の位置、空間の作り方。聴き手が意識しない部分を決めていく仕事になります。
歌手が前に立つ人だとすれば、エンジニアはその立ち姿を整える人です。同じ現場にいながら、役割はまったく重なりません。
二人が結ばれた時期
二人が結婚したのは2002年です。ノッコさんにとっては二度目の結婚になります。
最初の結婚を1993年に終えてから、9年ほどが経っていました。この間、ノッコさんはソロ活動を続けており、活動の拠点をアメリカに置いていた時期もあります。
二人はどちらも音楽の仕事で海外に軸足を置いていた時期があり、そこに接点がありました。
ただし、出会いのきっかけについて詳しく語られた記録は見当たりませんでした。仕事を通じて知り合ったとされていますが、具体的な作品名などは公表されていません。
なお、結婚した年については2001年とする記述も見かけます。年単位で1年の幅があるため、この記事では複数の資料が挙げている2002年を採っています。
40代での出産と子育て
結婚から4年後、二人には子供が生まれました。
2006年8月1日、ノッコさんは42歳で女児を出産しています。
40代での出産です。歌手としてのキャリアを積み重ねたあとに、母親になったことになります。
娘は成長し、2013年に発表されたアルバムにコーラスで参加しました。母親の作品に、家族として名を連ねたわけです。
二人は夫婦そろってインタビューに応じたこともあります。そこでは子育てについての考え方が語られました。旦那自身が幼いころに海外へ渡った経験を持つため、子供をどこで育てるかという判断には、実感がこもっています。
子供を持つことで、国籍や言語を超えて親同士に一体感が生まれる。ノッコさんはそうした趣旨のことも話しています。
本名が変わっている理由
ノッコさんの本名を調べると、少し意外な事実に行き当たります。
ノッコさんは1963年11月4日、埼玉県浦和市の生まれです。現在はさいたま市桜区となっている土地になります。
本名は保土田信子さんで、旧姓は山田さんです。
つまり現在の旦那の姓を名乗っていることになります。芸名はレベッカ時代から変わらず「NOKKO」のままですが、戸籍上の名前は再婚とともに変わったわけです。
芸能人の場合、結婚しても仕事の名前は変えないのが一般的です。表の名前と本名が別々に存在している状態で、それ自体は珍しくありません。
ただ、姓が公になっているぶん、家庭を隠していないことも分かります。
レベッカのノッコの元旦那|バンド創設者との結婚と離婚
ここからは、最初の結婚について見ていきます。
- 元旦那はバンドの名付け親
- アルバム2枚で脱退した
- 結婚は解散の前年だった
- 3年で終わった結婚生活
- レベッカのノッコの旦那まとめ
元旦那はバンドの名付け親
ノッコさんの元旦那は、木暮武彦さんです。
1960年3月8日、東京都杉並区の生まれ。レベッカの初期を支えたギタリストで、曲作りでも中心的な役割を担っていました。
レベッカというバンド名を付けたのも、木暮武彦さんです。
ノッコさんがレベッカの結成に参加したのは1982年の春でした。デビューは1984年4月21日、「ウェラム・ボートクラブ」というシングルです。
つまり二人は、バンドを立ち上げた最初期からのメンバー同士ということになります。無名の時期を一緒に過ごした相手でした。
デビュー前のバンドは、練習も打ち合わせも移動も一緒です。売れるかどうかも分からないまま、同じ目標に向かって時間を積み重ねていきます。
そうした環境で、メンバー同士の距離が近くなるのは自然な流れといえます。バンド内で交際が始まるケースは珍しくありません。
アルバム2枚で脱退した
ところが木暮武彦さんは、早い段階でバンドを離れています。
アルバムを2枚発表したあとに脱退しました。レベッカが世に知られる前の出来事です。
レベッカが大きく跳ねたのは、1985年10月21日にリリースされた「フレンズ」でした。翌11月1日発売のアルバム『REBECCA IV 〜Maybe Tomorrow〜』はミリオンセラーとなっています。
つまり木暮武彦さんは、バンドが売れる直前に去ったことになります。
その後は1985年にダイアモンド☆ユカイさんらとRED WARRIORSを結成し、翌年に再デビュー。1989年の解散までに5枚のアルバムを発表しました。同じ年に渡米しています。
結婚は解散の前年だった
二人が結婚したのは1990年です。
木暮武彦さんがレベッカを脱退してから、かなりの時間が経っていました。RED WARRIORSも解散し、渡米した翌年にあたります。
一方のノッコさんにとって、この時期は転換点でした。レベッカが解散を発表したのは1991年2月。結婚の翌年です。
バンドの活動が終わる直前に、かつてのメンバーと籍を入れたことになります。同じバンドで始まった二人が、バンドの外で家庭を持ったわけです。
その後、ノッコさんはソロ活動へ移っていきます。人生の節目が重なった時期でした。
3年で終わった結婚生活
結婚生活は、長くは続きませんでした。
二人が離婚したのは1993年で、結婚から3年ほどでの別れでした。
離婚の理由については、双方から詳しい説明はされていません。この記事でも推測はしません。
木暮武彦さんはその後も音楽活動を続け、1990年代以降はソロプロジェクトを立ち上げて複数のアルバムを発表しています。二度の離婚を経験したことも公表されています。
ノッコさんはこの離婚から9年後、GOH HOTODAさんと再婚しました。レベッカのメンバーだった相手との3年間と、音を作る側の相手との20年以上。二度の結婚は、まったく違う形になりました。
なお、レベッカは2015年4月に再結成を発表し、同年12月31日の第66回NHK紅白歌合戦に初出場しています。
レベッカのノッコの旦那まとめ
- 現在の旦那はGOH HOTODAさん。本名は保土田剛で、音楽プロデューサー兼ミックスエンジニア
- 1960年に東京都国立市で生まれ、幼少期をワシントンD.C.で過ごした
- 1991年にマドンナと出会い「Vogue」を手がけ、その後も複数の作品でミックスを担当した
- ノッコさんとの結婚は2002年。2001年とする記述もある
- 2006年8月1日、ノッコさんは42歳で女児を出産している
- ノッコさんの本名は保土田信子で、旧姓は山田。現在の旦那の姓を名乗っている
- 元旦那は木暮武彦さんで、レベッカ初期のギタリストかつバンド名の名付け親
- 木暮さんはアルバム2枚を発表したあとに脱退し、その後RED WARRIORSを結成した
- 二人の結婚は1990年で、レベッカが解散を発表した1991年2月の前年にあたる
- 離婚は1993年。結婚生活は3年ほどだった
レベッカのノッコさんの旦那をたどると、二度とも音楽の世界の人でした。ただし立ち位置はまったく違います。
最初の相手は同じバンドのギタリストで、無名の時期を共に過ごした仲間でした。二度目の相手は、表に出ずに音を作る側の人物です。
バンドの中で結ばれた関係は3年で終わり、音楽の裏側にいる相手との結婚は20年以上続いています。同じ業界にいながら、距離の取り方が違ったということなのかもしれません。

